ある条件


 これはそれほど近くも遠くもない未来の物語である。ただし、れっきとしたフィクションであり、現存する人物、組織、団体、宗教、国家、社会、学問体系(特に遺伝子工学、機械工学、医学)及び小説・マンガ(特にサイバーパンク系)その他もろもろとは一切関係ない事をまず明言しておく。ではごゆっくりお読み下さい。

街路樹の 灯火くもらす 北の風
                                                 霧亜

「どうかね、名句だろう。」
「ええ、ええ、霧亜様。これにはかの一茶でもかないますまい。」
側にいた者がおべんちゃらを言うのを、男は満面に笑みをたたえて聞いていた。彼は『霧亜』と呼ばれた男の自称『一番弟子』である。もっともおべんちゃらを言われた霧亜氏にとっても、この句は改心の出来であったのであろう。その証拠に彼の顔に浮かんだ笑みは少々だらしのないものであった。
「うむ、この句をな、今度の国際文化祭の俳諧部門に出品しようと思っておるのだ。何とかして入賞したいからな。」
「何をおっしゃいますやら。この句ならば、世界を制したも同然ですよ。」
霧亜氏はさらなるおべんちゃらに気を良くして、
「よし、では今から文化省に行くぞ。今度の文化祭は全国から参加者を募っておる。もしこれで第一席に入賞出来れば、私はこの国で、いや世界で一番の俳人として認められるだろう。」
と言い放った。ちなみにこの言葉のおかげで、おべんちゃら男は、霧亜氏が入賞した暁には『自称』ではなく、師匠公認の一番弟子となる事になるであろう。
霧亜氏は人間そっくりの外見を持つ執事ロボットに手伝ってもらいながら、焦げ茶のスーツに袖を通し、ネクタイを締める。少々派手なピンクと碧のスプライトは今年の流行の柄だ。そして一通り準備が整うと、執事ロボットに命じてブランド品の交換オイルドリンクを持ってこさせ、グラスにそそがせて、出かける前の景気付けにと一気に飲み干した。
「ではいざ行かん、文化省へ。」

「何故出品できないんだ?」
彼らが文化省内に設けられた文化祭作品受付所へ行くと、先着の男が係員ともめていた。
もめている男は中肉中背の体に紺のダブルの背広を着込み、髪もきちんとオールバックにあげ、全身から
「儂は別に怪しい者ではない!」
というオーラみたいなものを発していた。
「知らないんですか?この作品展には人権を持っている人しか出品できない、という決まりがあるんです。」
と係員は、うんざりした表情で尊大に言い放った。
「見たところその有機ボディ、あなたはロボットだ。高級かなんかは知りませんがね、半人権を法律で認められているとはいえ、この文化祭ではおよびじゃないんですよ。」
その言葉と同時に、言われた男の顔が怒りで真っ赤になり、次の瞬間溜まっていたものが口をはけ口として、一気に吹きだした。
「失礼な!」
男が叫んだ。
「こ、この私に向かって、よりにもよってロボットだと?き、きさまは第十五代目日崎霞の名を知らんのか、この無礼者!」
言われた係員は、この罵声でついに事の真相を理解したらしい。
(この文化祭に参加するのは機械ボディの市民だけ)
と思っていたのが、裏目に出てしまったようだった。もし有機ボディなら顔が真っ青になっているであろう態度で、平謝りに謝っているところへ、事態の報告を受けたらしい直属の上司まで現れて、大騒ぎになってしまった。が、日崎霞と名乗った男の方もそれである程度機嫌を直すくらいは満足したらしく、苦い顔をしたままではあったが、作品を出品して、大股で去っていった。
「先程の男が日崎霞だったんですねぇ。私は初めて見ましたよ。」
「ああ、生身の有機ボディが最も美しいなどというつまらん迷信をいだいとる貧乏人じゃ。どうせおおかた手術の金がないのを胡麻化す理由にでもしとるんだろうよ。」
執事ロボットの言葉に、霧亜氏はそう答えた。
「人間は過去、自分を美しく見せるために、化粧だの、整形だのをやってきたが、そんなもんには限界がある。生来の身体だけは、どうしようもなかった。それがだ、この機械ボディのおかげで自分の好みに合わせた身体にまさしく自分自身をドレスアップ出来るようになった。奴や、その他の有機ボディ信者にはその素晴らしさがわからんのさ。」

 「ねぇ、旦那様。我々ロボットと人間の違いってなんなんでしょうかね?」
「何だ、いきなり。」
「いえ、人間の側でも機械ボディの人と、有機ボディの人がいて、我々ロボットの中にも機械ボディと有機ボディの2つのモデルがありますよね。だから日崎霞のような方は人間かロボットかが見分けてもらえなかったんでしょう?」
「う、ま、まあそうだな。」
「一体どこで見分けるんでしょう?」
「そんな事聞かれても儂にはわからんよ、技術者じゃないんだから。そうだな、メンテナンスと合わせて、聞いてきたらどうだ。」
「ええ、そうしてみます。」
それを聞いて霧亜氏は
(こいつもついに買い替えの時期かな)
と考えた。

 「私はね、そりゃ人間に奉仕するために作られたロボットだよ。それも最高級品としての有機ボディを与えられたね。」
執事ロボットは「ふう」とため息をついた。
「でももう嫌気が差したんだ。」
人生に疲れた、もしロボットにそんな感覚があるのであればだが、ちょうどそんな感じだった。現在で言うと中年のサラリーマン、典型的な中間管理職といった感じだ。執事ロボットはさらに続けた。
「大体、人間とロボットの差っていうのは何なんです?ボディですか?そんなものは今の技術があれば、人工的に有機物で臓器を造る事なんて造作もない事でしょ。私らの身体がそうなんだから。なんなら遺伝情報まで見せてやれるくらいだ。」
その様子を横目にしていたメンテナンスロボットは、通信ディスプレイの中に
『廃棄処分』
の文字を見つけた。
「まあ確かにね。近年では、人間の方は生まれて来たときだけが有機ボディ、だと言っても不思議じゃない状況だもんね。」
メンテナンス・ロボットは無表情な顔で(もっとも人造皮膚でもなんでもないから、表情なんてそもそもないが)事務的に受け答えをした。彼が行った受け答えは、患者(ロボット)の詳細なメンテナンスデータとなる。それをデータバンクの中に発見したが、執事ロボットにとってはそんな事はもうどうでもいい事だった。
「私はね、もう疲れたんですよ。」
メンテナンスロボットは通信ディスプレイの指示に従って、執事ロボットのメインスイッチを切り、速やかに廃棄処分にした。

 同じ頃、もめにもめた文化省でも、国際文化祭企画部部長が、反省会中に部下と共に頭を抱えていた。
「報告します。本日の半人権所持ロボットによる不法出品未遂は十五件。人権所持者に不快な思いをさせたのが一件。以上です。」
報告を受けた一同は、一様に暗い顔をした。
「日崎さんもいい加減機械ボディに代えればいいのに。有機ボディなんてメンテナンスも大変だし、すぐ壊れるし、厄介なだけなのに・・・」
今日受付担当者と一緒にさんざん怒られた部長は、そうボヤいた。おそらく怒られるきっかけとなった張本人も同じ気持ちであったろう。彼は部長から少し離れた場所に座っていて、上司とは少し違って、ふてくされていた。
「しかしそうとばっかりも言ってられませんよ。何しろ機械ボディが普及しだしてからというもの、以前のように金持ちだけでなく、貧しい市民も有機ボディを捨ててきてますし、さらに金持ちでも有機ボディを捨てない者も出てきてますからね。早く何らかの対策を立てないと。聞いた話では市役所の住民登録や証明書の発行やってる所なんて、毎日数十件はこんなもめ事が起こってるらしいですから。」
今日は電話の応対で忙しく、何とか難を逃れた者がそう提案した。もっとも、聞いていた部長の心中は、
(そんな内容の提案ならロボットでも出来る!)
と、手厳しいものであったが、それは実際に問題が生じてしまったその場所に居合わせた者との違いから生じているので、仕方がないと言えば仕方のない事である。
「そもそも人間とロボットの違いってのは、有機物で出来てるか、無機物で出来てるか、だったよな。」
部の一人が言った。
「まあ本来はそうでしたが・・・」
何を昔の話を持ち出すんだ?とでも言いたげに、別の者が応じた。
「それがどうだ。最初は臓器移植に使われたクローニング技術が進歩したおかげで、高級なロボットには人間と同じ有機ボディが使われた。がだ!有機ボディはさっきも言ったように壊れ易い。メンテナンスも大変だ。だから機械ボディに代えるのが流行った。」
「おかげで今は人間の方が機械ボディで、ロボットの方が有機ボディときたもんだ。」
「みんながみんな機械ボディにしちゃえば問題なかったのになぁ・・・」
一人一人が思った事をどんどんと口に出し始めた。この手の会議にしては異例なのは、本来なら進行係を務め、議事に関係ない発言を打ち切るべき部長自身が、この会話に加わっている事であろう。おそらく彼も何らかの有効な対策を考えるために、何か喋り続けて、その中から解答を得ようとしているのだろう。
「そう、だから今日みたいな問題が出てくる。今までは機械ボディにしてないのは人間とロボットの差とは一体なんだ?」
「いや、だからそれがややこしいから、去年『ロボット半人権法』なんてもんが出来たんでしょ?」
「いや、あれのおかげで余計ややこしくなったよ。やれやれ、『ロボット3原則』だけで済んだ昔が懐かしいね。」
「確か、有機ボディは最初は移植しても拒否反応を起こさない人工臓器から出発しましたもんねぇ。」
「それが今や有機ボディロボット全盛時代か。で、結局人間とロボットの差ってなんなんです?」
「ボディの差にしたいけど、機械ボディも有機ボディもすぐに複製がきくからなぁ。」
「脳かなぁ?確かにこれだったら難しいけど。いや、以前は難しかったと言うべきだな。今じゃ遺伝情報を基にして、造る事が可能だもんな。しかもコンピュ-タ-を使って短期で”皺”を付けることだって出来る。それも何才のものでも。」
「ええ、近年の研究では、人間の持っているオリジナルよりももっと効率の良いものがありますからね。そんなロボットも既に現役にいますよ。」
部長は頭を掻いた。
「つまりだ、今の技術があれば、文字通り人間を造る事が可能なわけだ。問題は、多くの人間は機械ボディにしているのに、有機ボディ派は自分が生身の人間である事にこだわり、ロボットと同じ外見でいる。ここだ!」
断言した。きっぱりと。諸悪の根元見つけたり!そういう感じだったが、部下の一人はさらにつけ加えた。
「しかもロボットのくせに俳句詠む奴が出てきたんですもんね。いっそのこと出品を認めたらどうなんです?」
「それは出きん!そもそもこの国際文化祭は由緒正しい祭典だ。ロボットごときに参加を認める訳にはいかん!」
「じゃあ聞きますけどね、」
部下たちの方にもさっきの
『ロボット参加派』
にくみする者が何人か現れ、反論した。
「一体我々と奴らと、どこが違うというんです?」
「そうですよ。例えばこの句なんて、そんじょそこらの人間が詠んだものより巧いんですよ。」
部長を始めとする保守(反対)派は、「うっ」と声を詰まらせた。その事は当然ながら知っていたのだ。参加派の者はさらに畳み掛けた。
「大体ね、最近流行の機械ボディになってから、俳人の質が落ちましたよ。私はもう二十年もこういう仕事に携わって来ましたけどね、はっきし言って最近の俳句はカスです!」
「いやそこまで言わなくても・・・」
周りの者が何とか過激な発言を抑えようとしたが、彼の勢いは全く止まらなかった。
「いいえ、言わせてもらいます。どうも機械ボディに皆がなってからというもの、感覚的な部分がかなり弱まっているような気がしてなりません。それがもろに俳句などの分野に現れてるんですよ。」
「そういや、最近の面白い句はみんな従来の有機ボディの人ばっかしだもんな。」
「そうですよ、デジタル信号にして、周囲のものを認識するようになって、感覚が大ざっぱになってしまったんじゃないのかなぁ。」
討論は際限なく続いた。それに皆が疲れはてた頃、部長が一息つこう、と言い出した。
「ふう、やれやれ・・・」
部長、その他の一同はほぼ同時にため息をついた。
「で、一体我々と奴らと、どこが違うというんです?」
新型ロボットの開発スタッフ一同か、または生体研究者がここにいれば何らかの回答を得る事が出来たかも知れないが、現在この部屋にいるのはただの事務屋に過ぎない。当然満足のいく回答が得られるはずはないのだが、そう言わずにはいられなかった。
結局この日は、
「明日からは出品受付に際しては、身分証明書の提示を求める事。」
という無難な結論だけを確認して終了した。
「子孫を残すかどうか、ですかね。」
と誰かが言ったのは、会議も終わりに近づいた、もはや誰も聞いていない時だった。

 さて、こうして誰もが人間とロボットとの区別を付けられなくなったとき、我々は何をもって判別を付ければ良いのだろう?勿論生物の条件は、「生殖機能を持ち、種を保存する」事であるから、文化省の誰ぞが言った事は正しいのだが、実はこの後生殖機能を複製する事が可能となり、また人間は機械ボディ化によって、出生率はほとんどなくなってしまう。まさしく時代は混沌へと突き進んでいた。

 生身であることをやめ、身体を機械化した人間と、高級指向のため有機物で身体を構成され、人間と同じ機能を持つに至ったロボット。果たしてどちらがより人間らしいのやら・・・