今日、寝る前に明日の予定(旧友の家を訪れる)を確認していると、いきなり警察から電話がかかってきた。応対して話を聞いてみると、何でも俺が死んだということだった。暴走車にはねられて即死だったらしい。遺体はぐちゃぐちゃ、顔なんかはホラー映画に出てくる怪物並みになってしまっていて、とてもじゃないが身元が判断できるはずもなく、持ち物から割り出したとのことだった。
(何と交通事故の多いことか)
電話を切った後、俺は嘆かずにはいられなかった。何しろ俺にも関係があるのだから。電話で
聞いてみたところ、その暴走車の車種はフレアΓというやつだった。そういやこの車、「AT車としては欠陥品ではないか」と新聞紙面を賑わし、運輸省が走行実験をやることになっていたはずだ。その矢先の事故とはねえ・・・。
おっと、この辺で事故じゃなくて、自己紹介をしよう。俺の名前は岡崎昇、大手自動車製造メーカーである「トウサン」のエンジニアである。ちなみに「トウサン」とは「東産」と書き、決して「倒産」ではない。例のフレアΓも実はうちの製品だったりする。うちも最近次々と起こる事故の対策にてんてこまいでね・・・おっと、又電話だ。
「はい、岡崎です」
「おお岡崎君か、なんだ元気そうじゃないか」
「は?ええ、まあ・・・」
課長からの電話だった。しかし一体どうしたというのだろうか、こんな時間に。
「実は先程警察から電話がかかってきてなあ。何でも君が死んだという話だったんで大急ぎで電話したんだ。いやあ、元気そうで良かった良かった」
「それはどうも、ご心配をおかけしました。この通り元気に?やってお・・・え?」
非常になさけない話だが、俺はこの時になって初めて話の内容が示す意味に気が付き、呆然となった。電話の向こう側では課長が何か言っていた様だが全く記憶がない。気がついた時には受話器は置かれていた。
「俺が死んだって?」と言葉に出してみる。とてもではないが信じられぬ科白である。自分自身の存在を否定するのだから当然なわけだが。
「何かの間違いだ。現に俺はここにいるじゃないか」
自分の体を確認してみた。確かに俺はここにいる。では死んだという俺は一体誰なのか?
(他人の空似だろうか?いや、持ち物から判断したと言ってたな。しかし俺は何も盗られたことはない。すると俺は夢を見ているのか?)
試しに頬をつねってみる、とやはり痛い。(ということは夢ではないということだ。では、そうか本人の空似・・・のわけがない)
これ以上いくら考えても答えが見つかるとは思えなかった。俺はなる様にしかならんと開き直り、酒を飲んで眠りについた。
東の空が明るくなって来た。また一日が始まろうとしている。朝は近い。

 朝刊の内容は少々落胆させるものだった。例の事故?のことが報道されており、被害者欄にはしっかりと俺の写真が出ている。見出しには「自業自得?東産エンジニア事故死」の文字、そしてうちの社長のコメントのみならず、不思議なことに運輸大臣のコメントまでが入っている。全く親切この上ない配慮である。思わず何かしらわけのわからない怒りがこみあげていたが、それを抑えて友人の家へ行く準備を始めた。必要な物はヘルメット・懐中電灯・ドライバー・スパナ・カンヅメである。もちろん缶切りを忘れてはいけない。これだけの装備をナップサックに入れて背中にしょうと雨傘を手に家を出た。

 三回目のチャイムを鳴らした時に彼が出て来た。俺の古くからの友人、川田京二である。彼と知り合ったのは大学時代で、その時彼は遺伝子研究室のエースだった。その後大学院まで進んだが、教授と対立して破門同様に院を中退してしまっていた。それからは天性のマッドサイエンティストぶりを発揮し、妙な物を発明しては大学時代の友人達を集めて披露するという生活を送っていた。彼に呼ばれた者は「またか」などと思いながらもどんな物を見せてくれるか楽しみにしているのである。
今回呼ばれたのは俺だけの様であるが、それでも彼はうれしそうであった。そして予想されたことではあったが、こう切り出した。
「よく来てくれた、感謝するぞ。ところでお前死んだんじゃなかったのか?俺幽霊の友人は初めてなんだよな。なあおい、どう思う?テレビ局来るかな?『幽霊を友に持つ男!』とかさ」
全くいつまでたっても軽い男だ、完全に状況を楽しんでやがる。他人の気も知らないで。
「水をさす様で悪いがな、俺はまだ生きてるよ。足だって・・・」
「ちゃんとついてる様だな」
さも足がついているのが残念だとでも言いたそうな口調だった。俺はそれをあえて無視してこう続けた。
「なあ、この事をどう思う?お前なら相談に乗ってくれると思ったんだが」
「まあそりゃ友達だからな。それに平安時代の幽霊画の幽霊には足がついてたらしいし、何も心配することはないと思うがな」
「貴様、真面目に相談に乗る気があるのか?」
奴はあくまでも俺を殺したいらしい。
「冗談だ、落ち着け。こんな所で立ち話もなんだから家へ入れよ。茶でも飲みながら話をしようじゃないか」

 しかし相変わらず研究所と言ったがいい様な家である、それもマッドサイエンティストの。でなければ物置だ。俺は今台所にいるわけだが、それというのも居間が訳のわからん発明の山に占領されてしまっているらしいからである。この台所にしたって同様である。手術台とも思える作業台(本人は食卓だと言い張っていた)を始めとしてフラスコ・ビーカー(本人曰く湯飲み)試験管・使用目的のわからない機械類が所狭しと並び、部屋の隅にはカップラーメンの山、天井からは千羽鶴がつり下げられ、ベランダには奇妙な植物が密生している。その他の調度はといえば薬品棚と本棚に冷蔵庫・ガスコンロに炊事台、どう見ても十畳かそこらとしか思えないのによくもまあこれだけの物を詰め込めたもんだ。
「しかし相変わらずだな、お前の家も。もうちょっと何とかならんのか?」
「そうかなあ、とても素晴らしいインテリアだと思うが。ま、お前にゃこの感性はわからないだろうなあ」
と平気な顔で言ってのける。こんな感性がわかってたまるか!
「本当の所は、一時期忙しい時があってね、ここに道具を持ち込んだはいいが片付ける暇がなくてな」
そう言いながら川田は湯を沸かし始めた。しかし五〇〇ミリリットルビーカーで湯を沸かすのはやめて欲しいものだ。

 「成程、確かにおかしな話だなあ」彼はしきりにうなずきながら言った。俺達は妙な味のする紅茶をすすりながら、いつもならば思い出話やら世間話やらに花の咲く時間に、今回の事故の真相を考えていた。今丁度俺が経緯を話し終えたところである。
「そうだろう、なあどう思う」と紅茶をすすりながら俺。そしてもう一言、「何でもいいけどな、ビーカーに紅茶を入れるのはやめてくれ!何が悲しゅうて一〇〇ミリリットルビーカーで茶を飲まにゃならんのだ」
「ん?フラスコの方が良かったのかな」
「いや、そうゆう問題じゃなくてだな・・」
「まともな皿なんぞ期待する方が間違っている。ぜいたくは敵だぞ。『欲しがりません勝つまでは』って言葉を知らないのか?」
「お前はいつの生まれだ!」
全く、こいつと話をしていると頭が痛くなってくる。俺はさりげなく話題を変えた。
「ところでこの紅茶変わった味がするな」
「ああ新製品だからな、俺が創ったやつなんだ。人体実験がまだだったからお前が来てくれたのは有難かったよ。何しろ自分が最初に飲むのはさすがに怖いからなあ、あっはっは」
「きっ、貴様、俺を実験台にしたのか!」
話題の転換もへったくれもない。しかもどんどん話が本筋からずれていく様な気がして仕方がない。するとめずらしく奴が助け舟を出してくれた。
「先刻の話に戻すけどな、ありゃあクローン人間ではなかろうか。」
「クレヨン人間?なんだそりゃ」
「クローン人間だ。く・ろ・お・ん」
「ふーん、クローン人間ね。SFじゃあるまいし、誰がそんなもん造るんだ」
「俺が今日お前を呼んだのは何故だと思う?俺がそのクローン人間の製造に成功したからじゃないか」
「よっ、さすがマッドサイエンティスト」
「誰がじゃ!まあそれはともかく、居間にそのクローン人間を待たせてある。おーい、ちょっと来てくれ」
彼は室内電話を通してそのクローン人間とやらを呼んだ。
「ちょっと待てよ、居間は入れないんじゃ」
「いや、その、なんだ・・・」
「何をうろたえてんだ?そうか、どうせバイトか何かを雇ったんだろ」と俺。
「人を何十分も待たせておいて何が『おーいちょっと来てくれ』だ」
聞き覚えのある声がすると共にドアが開き、見たことのある顔が現れた。いや、見たことがあるなんてもんじゃない、それは俺自身だったのだ。まるで狐か狸に化かされた様な感じだ。俺は思い切ってそいつに名前を訊ねてみることにした。
「あ、あなたは何というお名前で」
「何を言ってるんだ、岡崎昇だよ」となかば予想された答が返ってきた。だからといって俺本人だとは限らない。
「昨日の昼飯うまかったなあ」といってみた。
「何言ってんだよ。社内食堂のオレンジライスだろ、あのくそまずいやつをうまいと思う奴なんているもんか」
こいつは昨日の昼飯のメニューを知っていた。こうなった以上は奴を俺自身であると認める他はなかった。
「どうだ、驚いただろう」
川田が得意気に言った。確かに驚いた。しかし、一つだけふに落ちない事があった。
「お前一体どこから俺の細胞を手にいれたんだ?」
「別にお前の細胞を手に入れるつもりはなかったんだがな。夕べある病院にいる知り合いから事故死した奴の細胞を分けてもらったんだよ」
「そして再生されたのが俺だったと」
「まあそういうことだ。俺も最初は驚いたよ。もっとも、こいつと話をしている最中にお前が来た時はもっと驚いたがね」
「ということはやはり俺は夕べ死んだんだな。じゃあここにいる俺は一体誰なんだ?」
「今思いついたんだがな、お前か、それとも死んだ奴のどちらかがドッペルゲンガー(二重像又は分身)だったんじゃないか?」
「だとしたらお前がドッペルゲンガーだ」
俺はいきなり先手をとられてしまった。だがこれくらいのことで負ける俺ではない。即座に言い返してやった。
「クローンの分際で何を偉そうに。証拠はあるのか、証拠は」
「何言ってやがる。俺は昨日の朝、課長から残業してくれと言われていたんだぞ。そして俺は残業した。その時間お前は一体どこにいたんだ」
そう言われてみるとそうだった。が俺には残念ながら残業した記憶がない。ということは必然的に死んだ奴が本物の俺で、ここにいるこの俺はドッペルゲンガーということになる。ドッペルゲンガーの現れた人間は数日のうちに死ぬという。つまり、俺というドッペルゲンガーに現れられた本物の俺は本当に死んでしまい、何故か偽者の俺がまだ消えずにこの世界にのこってしまっていたのだ。
俺は自分が偽者だと知ってしまったことにより、失意のどん底に堕ちいったまま川田の家を出た。もうとっくに陽は暮れており、辺りは真っ暗だった。俺は自分でも気付かぬうちに家へ向かってとぼとぼと歩いていた。自分はこれから一体どうなるのかと考えながら。すでに完全に周囲から孤立し、半分我を失っていた。
しばらくして俺は目もくらまんばかりのまぶしい光に全身を照らされて我にかえった。自分でも気が付かないうちに、うっかりと赤信号になっている横断歩道の真ん中に立っていたのだった。まぶしい光の源は俺の目の前に迫っている車のヘッドライトであることに気がついた、と同時に、今までの自分の人生、生まれてからの二十数年間、そして今度の事件のことが俺の脳裏を過った。それが大きなクラクションの音にかき消され、悲鳴の様なブレーキの音に邪魔された時、本物の俺も同じ様な体験をしたのだと思った。それが俺の最後の思考だった。

最初に戻らないで下さい。

翌日、本物の岡崎昇のクローン人間(以下俺)は家にいた。すると警察の者が電話で、『岡崎昇さんが死亡なされたのですが、死体が消えてしまいまして・・』と報告してきた
「やれやれ、俺のドッペルゲンガーは死んだのか。案外情けない奴だったな。同じ自分として恥ずかしい」
本物の自分の事は口に出さなかった。やはり自分の核となった人間まで情けないとは言えないらしい。それほどまでに何故か自分がクローン人間であるという自覚があった。が、そんな自覚を持つクローン人間も珍しいといえば珍しい。
再び電話がかかってきた。俺は持っていたパンフレットを机の上に置き受話器を取った。相手は何の事はない、あの川田だった。
「え?次の日曜日に来いって?また発明品かよ。で、今度は一体何を発明したっていうんだ?え、何だって、時空間的複製製造装置?」
俺は机の上にあるパンフレットを見た。それには「忍術入門」と印刷されてある。やれやれ、これから俺は一体何人の「俺」に会うことやら・・・