時間銀行


 俺の一日はiモードで休講の状態を調べることから始まる。

 

「よーし、今日は三コマ目が休講か。と言うことは、十二時から十八時までは空きだな。」
早速時間銀行にある口座にアクセス。六時間を振り込む旨、予約を入れる。これで六万円のもうけ。残高を見ると三十万円ほどになっている。そこでそのまま株式投資のサイトに接続、前から目を付けていた会社に投資する。
時間の売買が出来るようになったのはつい最近のことだ。何でもアメリカだかどこだかの偉い学者が考えた「時空対称性理論」とかいうやつの応用として発明された。難しい理屈はよくわからないが、簡単に言うと、明日は忙しいが、今日は暇である場合。よく
「あー、この時間、明日のために取っておきたいなぁ」
とか
「明日にこの時間分を追加できたらいいのになぁ」
などと思ったことはないだろうか?実はそう言うことが出来るようになったのである。とは言え、一般人が使えるような安い機械はまだまだ存在しない。何十億円もする機械でのみ実現できるようなものなのだ。
そこに目を付けたベンチャーがあった。それが「時間銀行」だ。彼らはこの機械を購入すると、個人相手に商売を始めた。特にサラリーマンは暇なときと忙しいときの差が激しい。そこで暇なときに溜めておき、忙しくなると引き出すのだ。銀行自体はその利用料を取って儲けた。
そのうち、ベンチャー企業やゲーム業界などの、時間が足りなくてどうしようもない人に、学生や主婦など暇な人々から買い取った時間を売るサービスを始めた。俺が利用しているのもこれで、一時間を一万円で買ってくれる。ちなみに銀行が売るときには一時間を一万五千円で売っているらしい。
俺はこれに目を付けた。そもそも親からの仕送りはそんなに多くないし、どうせアルバイトをしないといけないのだ。しかしアルバイトばかりになってしまっては自分の時間を作ることが出来ないので、それはそれで困る。出来る限り時給の高いバイトを探したが、怪しい店で働くか、家庭教師や塾講師を捜すか・・・前者はヤバそうだし、後者はそんな頭がない。この大学だってやっとのことで入れた俺のような奴が、一流大学受験しようなんて奴を教えられるわけがない。逆に教えられるのが関の山だ。
話がそれたが、そんなこんなでバイトを探している最中に、この時間銀行のサービスを知ったわけだ。時間あたりの稼ぎがいいので、もう既に一年半も利用している。そして溜まった金は株に投資して、少しずつ増やすことにしていた。
え?仕事もせずに金を手に入れるのは問題?労働の喜びだって?心配なく。実際に俺の提供する時間を使って仕事をしている人がいる。実は感謝のメールも届いているのだ。時間銀行の良いところは、時間を売った人の所に、時間を買った人から「何に使ったのか」などの情報が入る点である。俺の提供した時間は、これまで人気ソフトのキャラクターデザインに使われたり、有名ワープロソフトの開発時間に割り当てられたりしている。お礼のメールも次々やってくるし、そうまでして出来た製品であれば、どんなものであるかも興味がわくし、実際いくつかの製品は購入もしている。かくいう、今使っている携帯電話も、その開発時間の一部は俺が提供したものだ。だいたい俺が手伝っても余計に時間がかかるだけだ。プロの人が作った方が早く、いい物が出来るに決まっている。そんなプロに時間を提供しているのだ。
とはいえ、そろそろこのサービスを利用するのも考え直さないと行けなくなりつつある。最近聞いた話だが、このサービスをよく利用している先輩は、いくら就職活動であちこちの企業をまわっても、内定が一つも出ないらしい。景気もずいぶん回復しているので、昔ほど就職は買い手市場な訳ではない。にもかかわらず、企業から断られる同様の人がかなりの数いるらしい。
企業が言っているのはつまりこうだ。
「大学生の間に何も身に付いていない。」
確かに言われてみればそうだ。趣味に打ち込み、特殊な技能を身につけたわけでなし、資格試験を受けまくったわけでなし、バイトで得るモノがあったわけでなし・・・。
しかし俺もあと一年。たった一年で何か身に付くだろうか?俺からのアドバイスだが、ちゃんと就職しようと思うなら、決して俺の真似をしてはいけない。タイムバンクから時間を買おうにも、それには今まで受け取った以上の金がかかるのだから・・・。まったく、世の中は上手くできている。